「いっちゃん……」
女達の騒ぐ声に、小型犬揃いのドッグカフェの幻覚が見えるようになった頃、夢と現の狭間を漂っていた朱雀壱弥は、はたと目を覚ました。
オレンジ色のシェーディングライトの下、すぐ側に浴衣姿のカナリアが無防備な寝姿を晒している。なんだ、寝言かと、辺りを見渡せば、アルコール臭を吐き出しながら寝息を立てている女達が布団の上にゴロゴロと。
「なっ……」
はしたないにも程がある！ と言いかけて、鈍痛のするこめかみを抑える。男がいるというのによくもまあすやすやと眠れるものだと言いたかったが、自分が男として全く意識されていないことの証明にしかならず、朧な意識の中で、壱弥はのろのろと布団を引きずり、カナリアの体にそっと被せた。
関東圏復興事業は完全なものでは無かったが、東京タワーの再建築を区切りに「慰労会」なるものを提案したのは天河舞姫だった。
山は富士、海は瀬戸内、湯は別府、は有名な文句だが、神奈川の箱根も捨てたもんじゃない！ と、勝手に箱根温泉巡りを計画し、凛堂ほたるから通達を受け、壱弥とカナリア、そしてかつての千葉代表の兄妹揃って参加を余儀なくされた温泉旅行。
当然、風呂となれば男女別々、誰が好き好んで千葉の下衆カスと風呂に入るかと全力で拒否したかったが、三年の月日を経ての再会を涙目で喜んでいたカナリアに「一人で行ってこい」とは言えず、壱弥は渋々参加を決めたのだ。
さいわいなことに、舞姫のセレクトした旅館は多種多様な浴場が完備されており、時間帯によって男女を入れ替えれば色々と巡ることが出来た。無論壱弥は千種霞と完全に別行動をとったのだが、部屋だけはどうにもならなかった。むしろ二人きりになりたくなくて、女達の誘いに乗り、遊技場で卓球やダーツで遊んだ後、最終的には女部屋でカードゲームに興じる流れとなったのだ。
霞は煙草を吸いに時々部屋を抜けて行ったが、戻って来た時には缶ビールや缶チューハイを買い込んでいた。最初のうちは皆でそれをちびりちびりと飲みながら遊んでいたのだが、霞はフロントに電話をかけ、氷を持って来させると、土産用に買った焼酎を開封し、ロックで飲み始めたのだ。
「何それオッサンみたい」と笑い転げる女達を尻目に、霞は壱弥に「お前もどう？」と声をかけて来た。「焼酎は日本酒と違って残らないぜ」と呟いた表情が、壱弥にとっては「まあお前はお子ちゃまだからフルーツカクテル飲んでろよ」と完全に上から目線に見えてしまったのがいけなかった。
ムキになって誘いに乗ったことを後悔しても今更遅い。壱弥はトイレを借りると、さっさと部屋を後にした。薄暗くてよくは見えなかったが、霞の姿は無かった。壱弥を潰れるまで飲ませて女部屋に置き去りにし、次の朝平然とした顔で「ハーレムうらやま〜」と冷やかす作戦だったのだろうが、そのテに乗るかと舌打ちをする。
袖に入れていたカードキーを取り出し、ロックを外す。扉を開けるときっちりと閉じられた障子の向こうに行灯のぼんやりとした明かりが見える。玄関の電気を付けようと壁を探った瞬間、耳に飛び込んで来たのは女の嬌声だった。あの野郎、アダルトチャンネル視てるな、と瞬間的に脳が沸点に達した。二人でポルノを視てマスターベーションにふけるなど想像しただけで吐きそうになった。障子を開けた瞬間に一発殴ってやろうと心に決めたその時、どこかで聴いたことのある声だと気がついた。
「やっ…… ちょ、お兄ぃエロい……」
壱弥は咄嗟に口元を手で覆った。間違いない、千種妹だ。だからこいつと同室なんて絶・対に！ 嫌だったのに！ よりにもよって男部屋に妹を連れ込んで淫らな行為に及ぶとは。自分が天誅を下さずして誰がこの下衆を殺すのか！
そう叫びたかった。
「あっ、あっ…… ひゃあぁぁ！」
「声大きいって…… みんな起きちゃったらどーすんの」
壱弥は鈍痛のする頭を抱えて、玄関に座り込んだ。アルコールの所為なのか、度を超えた怒りの所為なのか、もはや区別などつかない。粘着質な音と、荒くなっていく息遣いが脳の中でぐるぐると回る。
（狂ってる）
ぷつり、と何かが切れたと同時に壱弥は立ち上がり、部屋の障子に手をかけた。
「お兄ぃ……！」
畳の上に二組敷かれた布団は部屋の端から端まで離され、窓際に近い方の布団の上で、快楽を貪る二匹の獣が全裸で絡み合っている。汗とアルコールの匂いが充満する部屋の中で、霞は妹の明日葉を組み敷き、年を経ても幼く見える細い体躯が跳ね上がる勢いで腰を突き込んでいた。
「はっ…… ああぁ！ イィよぉ……！」
「明日葉ちゃん、声大きいから……」
涎を滴しながら喘ぐ明日葉の口の中に、霞は指を２本入れて銜えさせる。
「んぅ〜っ、あぅ、う〜！」
母親似の所為なのか、明日葉は三年前と背丈があまり変わらず、気怠げな素振りも、時々見せる小悪魔的な忍び笑いも相変わらずだった。壱弥にしてみれば精神的にも成長していないように感じたのだが、乱れた赤茶色の髪を、汗と涙で濡れた頬と首筋に纏わり付けて、兄の腕の中で身を捩りながら喘ぐ明日葉は、紛れも無く女の顔をしていた。
アダルト動画を視たことが無いわけではない。だが壱弥は半分「やらせ」の演技をしている女優にしらけてしまうのが常だった。千種明日葉に性的な魅力を感じたことなど一度も無かったが、おそらくは兄にしか見せない快楽に蕩けた表情と、モザイク無しで初めて目にする局部に目を奪われていた。
絶頂へ向かっていく二人の呼吸までもが、粘り着くように絡まっていく。激しく前後していた霞の腰の動きが、密着したまま擦り付けるように変化したその時。
「明日葉……！」
霞が吐精し、舌を指で抑えつけられていた明日葉は、発情期の猫にも似た嗚咽を洩らした。激しい行為の後の余韻を楽しむように、二人は汗で濡れた体で抱き合うと、乱れた呼吸を整えながらキスを繰り返した。霞は明日葉の流した涎を舐めとると、髪を梳きながら何度も「愛してる」と、熱っぽく囁いた。その姿は血のつながった実の兄妹には到底見えず、兄妹だと知っている壱弥にとっては狂気の沙汰だった。
「ね…… お兄ぃ、もっかい、しよ……」
「何？ お前このシチュに興奮してんの？」
「もっかいしよーよぅ〜」
「……したいのはやまやまなんだけどなー、ピーピングトム居るし……」
壱弥はすっかり忘れていた。霞の聴覚は彼の「世界」であることを。
「えっ……？ ちょ、嘘っ……」
壱弥に気付いた明日葉は、傍らにあった浴衣をたぐり寄せ、上体を隠した。
「信じらんない〜 お兄ぃ何で黙ってんの〜」
「いや、だって途中で止められないでしょ……」
振り返った霞の目は、悪戯っぽく嘲笑っていた。
「……最低だなお前ら」
「あのさ、俺は何言われても構わないけど、明日葉を侮辱されんのは腹立つから止めてくんない」
「いいから出て行け！！ この部屋から今すぐたちどころに！！」
「ちょっと……覗き見しといて何その言い方。あたしの裸見たんでしょー」
明日葉はわざと見せつけるように、胸元を隠していた浴衣をするり、と脱ぎ捨てた。
とろん、とした眼差しと舌足らずな喋り方に、壱弥は明日葉が酔っていることに気付く。
「あのさーいっちゃんさん、お前今勃ってるの自覚してる？」
ぎくり、と壱弥は身を強張らせた。生理現象は怒りを凌駕するらしい。それは壱弥自身にとって、羞恥と屈辱の頂点だった。おそるおそる下腹部に視線を移すと、浴衣の帯の下が盛り上がっている。
「トイレ行って抜いて来いよ、と、言いたいとこだけど……この状態じゃ１００パー明日葉をオカズに抜くでしょ？ 不愉快だから止めて欲しいんですけど」
「あたしは別にいーけどさ、せっかくだしカナちゃんとしてくれば？」
「ふざけるのもいい加減にしろ！ 俺に強姦をしろと！？」
「は？」
絶妙なタイミングで兄妹の声がシンクロする。
「いやいやいや…… おたくらステディな関係でしょ？」
「お前らと一緒にするな！ カナリアはそんなふしだらな女じゃない！」
「ふしだらって何ぃ〜 ムカつく」
むくれる明日葉の隣で霞が目を泳がせている。
「え？ 何？ どゆこと？ 宇多良ってまだ手つかず？」
「下品な言い方を止めろ！」
「わ、わ、お兄ぃ、ティッシュ取って」
霞のモノが抜けた其処から溢れ出た白濁液を見て、避妊具も着けずにしていたのかと、壱弥は驚愕を通り越して吐き気がするほどの嫌悪感に苛まれた。
（本当に兄妹なのか？ だとしたら異常だ。狂気の沙汰だ）
「とにかく、直ぐに此処から出て行け千種妹、俺はこいつを殴らないと気が済まない」
「ちょっと、何でお兄ぃを殴るワケ？ だったらあたし出て行かないから」
「まあまあまあ、二人とも餅付けっての。いっちゃんさん、俺だってホントは妹のこんな姿見られて頭キてるよ？ 今もガン視してるし。ただ俺は自分が蒔いた種だって自覚してっから怒らないワケ。そこで建設的な提案があるんだけど聞く耳ある？」
再会してからことあるごとに「大人の余裕」をひけらかす霞に嫉妬をしていたと言えば嘘になる。三年ぶりに会った霞は壱弥に好戦的な態度を取ることは無く、グループ行動を執事さながら陰からエスコートしていた。
霞は膣口へ指を挿入し体内の残液を掻き出すと、慣れた手つきで後処理を済ませ、明日葉の肩に浴衣を被せた。
「……建設的？ どれくらいふざけたものだか聞いてやろう」
壱弥は後ろ手に障子をきっちりと閉め、威圧というグラビティーを纏いながら兄妹に歩み寄った。無論、隙あらば殴ることを前提にして。
「まあいいから座れよ、ビールあるけど飲む？」
「いらん！ さっさと本題に入れ！」
壱弥は浴衣の上に羽織った丹前で、膨らんだ股間を隠すように座った。兄妹から２メートルほど距離を取ったのは、どうも先程から明日葉の視線が股間に注がれているような気がして嫌でも意識してしまうからだった。
「……ねー、ちょっと……」
明日葉が浴衣を引きずりながら、四つん這いで近付いて来る。嫌な予感というものは大体的中する。壱弥は後ずさったが、明日葉は大胆にも浴衣の上から、勃起している壱弥のモノをぎゅう、と掴んだ。
「な、な、何をするんだ変態！」
「わー…… おっきくないコレ？」
妹を突き飛ばすわけにもひっぱたくわけにもいかず、壱弥は明日葉の手首を握り、引き剥がそうとした。刹那、肩にかけられた浴衣が滑り落ち、白い肌が露わになる。目のやり場に困り果て、何故兄は妹の奇行を止めないのかと腹が立ったが、結局兄妹揃って変態なのだからどうしようもなかった。
明日葉は壱弥の浴衣をめくり、ボクサーパンツからはみ出した鬼頭部分を見て大きく目を見開いた。
「え？ コレって普通サイズ？ ねーお兄ぃ、あたしお兄ぃのでもキツかったんだけど、コレが普通なの？」
「へー、東京主席さんてば御立派なのはスコアだけじゃなかったのね……」
「カナちゃん、これじゃキツいだろーな……う〜ん……」
明日葉は眉根を寄せて、まじまじと大きさの検証を始める。いい加減にしろ！ と殴れたらどんなに気が楽か。そうこうしているうちにボクサーパンツを引きずり下ろされ、剥き出しになった壱弥のモノに明日葉の細い指が触れた。
「こらこら明日葉、童貞くんビビっちゃってるから」
怒りと羞恥と理解不能な状況下で、ただでさえアルコールで機能低下している壱弥の脳内はオーバーキャパシティであっさりショートした。
「ここ、気持ちいぃんだよね？」
カリ首を爪で引っ掻かれ、壱弥は喉奥からせり上がる声を我慢した。
「や、止めろ！ はしたない……！」
明日葉は新しいおもちゃを与えられた幼児のように、好奇心剥き出しの瞳で壱弥の巨根をぺたぺたと触り始めた。
「はしたないって何ぃ〜？ えっちなこと考えてるからこんなんなるんじゃん。ほらぁ〜、えっちな汁も出てるし」
霞は顎に手を当てたまましばらく考え込んでいた。ただし酔っぱらいの思考は大概ろくでもないことが多いわけだが。
「……なあ、明日葉、お前が抜いてやったら？」
「へ？ あたし？ ……お兄ぃ的にはいいのそれ？」
「お前らが正気じゃ無いことは分かっているが、言わせてもらおう。ふざけるな！！」
霞は明日葉ににじり寄り、背後から抱き締めると、耳元に唇を寄せて囁いた。
「俺以外の男とでもイクのかな、って考えたらちょっと興奮したんだけど、お兄ちゃん変態だと思う？」
「思う。お兄ぃマジで変態だし」
「明日葉がどうしても嫌だったら無理強いはしない。俺もお前ともっかいしたいし。てか俺がやり方教えてやろうと思ってたんだけど、ちょっとな、ちょっとだけな、明日葉のココが他の男のモノ銜えてるの想像したらムラッときた」
言いながら霞は左手を後ろに回し、明日葉の秘部を指先で弄った。
「お兄ぃホントエロいなー…… あたしは…… ん〜…… ホントは嫌だけど、いきなりアレ突っ込まれたらカナちゃん可哀想かな、って……」
「なら答えは簡単だ。俺も嫌だし妹も嫌だと言っている。第一こんなこと……有り得ないだろ！」
「いやいや現実に有り得てるからこの状況。つーかお前宇多良のこと好きなんだろ？」
「貴様には関係無い！」
「あのさ、誰が見ても１００パー分かるから。宇多良もお前のことが好きなんだし、後はやることやんないでどーすんの？ つーかキスくらいはしたんだろ？」
壱弥は完全に混乱していた。
自分は「兄妹同士でしてはいけないこと」をしている異常性癖者から一体何を享受されているのか全く理解出来なかった。
「キスはしてるのか……」
「黙れ黙れ黙れ！ ものには順序というものがあるだろう！」
「お前ホント頭悪いのなー。だから後は体で確かめ合うだけだっつってんの」
「違うだろ！ 確かめ合う相手が！」
「あのさ、結局全部は宇多良のためでしょ。何でそこに気付かない？ お前が下手こいて宇多良に傷負わせて、恐怖心植え付けないように手管を教えてやるって、これ厚意だろ？」
「あっ……ん、そこ、もっと……」
霞の腕の中で、明日葉が喘ぎ始める。感度の良い場所は知り尽くした体だ。わざと焦らすように陰核を避け、膣口に挿れた指をくるくると回す。
「厚意だと……？」
ふ、と壱弥の口から笑いが洩れた。酔っぱらいの異常性癖者が何を理路整然と語るのかと思えば、呆れを通り越して笑うしかない。
「ほい、これ」
霞が投げてよこしたのはコンドームだった。
「明日葉はピル飲んでるけど、生でしていいのは俺だけだから」
「狂宴」はプラトンの著作だったか、マルキド・サドの著作だったか、もはや判別がつかなくなっていた。
「あ…… 気持ちよくなってきちゃった……」
ふう、と湿った息を吐いた唇に、霞はそっとキスを落とした。
明日葉の小さな体を抱えて羽布団の上に移動した霞は、明日葉を背後から抱き、両手でやわやわと乳房を揉んだ。カナリアとは比較にならない慎ましいサイズの胸ではあったが、形は丸く、弾力もそれなりにあった。
胸を触ることと、キスをすることも禁止された。壱弥は半ばヤケクソでコンドームを着けると、明日葉の膝を割って、ひくひくと震えている陰唇を指で拡げた。霞は慣れた手つきで明日葉の乳首を摘み、指先でこね回す。「ふあぁ」と官能的な溜め息と共に、陰唇の中央から蜜が溢れ出した。透明なものに混じって、先程霞が中で出した精液も。本当に此処に自分のモノが入るのか、壱弥には甚だ疑問だった。試しに指を、１本、２本と挿れてみる。滑りを帯びた襞の感触があり、ひどく熱かった。３本に増やして動かすと、きゅうっと中が締まった。
「いっちゃんさん、じっくり慣らしてやって。あー、あと体が緊張してるとすげー痛いみたいだから、胸揉んだり、キスしたりして、出来れば一回イかせると多分少しは楽……かも？」
お前どっちも禁止しただろ……と心の中で呟いておく。思考回路はとっくにオーバーヒートしている。人間は理解の範疇を大幅に越えると本能だけで動作をし始めるものなのだと知った。
童貞なのは事実だし、女性の秘部を匂いまでわかるレベルで観察したのも初めてだった。だが「大きさ」とは個人によって違うものなのかまではわからない。明日葉が壱弥のモノを見て「おっきくないコレ？」と兄と比較したように、または乳房のように、人によって大きさも違うのだろうか？ 太め、細め、と体型によって違うものなのだろうか？ おそらく明日葉の体以外知らない霞にとっては無意味な質問だろう。とりあえず触った反応と、ぬめりと、膣の締まり具合で相手が感じている、いないは把握出来た。
「あ〜…… 焦れったい……」
明日葉がもどかしそうに呻いた。
「俺ヤバいわ〜…… ヤバいくらい興奮する……」
「お兄ぃのバカ！ 変態！」
いやお前も立派な変態だろ……と、壱弥は心の中で呟く。音を立てながら深いキスを交わし始めた二人を他所に、壱弥は張りつめているモノの先端を膣口に宛てがった。確かアダルト動画の男優が、こんな風な動作をしていた記憶がある。要は濡れていれば問題ないのだろう、潤滑があれば抵抗もなく入る筈、と腰を進めたら、明日葉が悲鳴を上げた。
「ちょっと……！ い、いきなり、奥突いたら、痛いって……！」
「えっ…… 痛かったのか……？」
「じゃなくて〜…… あーもう…… 初めてだと痛いの！ だからいきなりはダメ！」
「……徐々に、ということか？」
「え、えっ？ 何？ どした明日葉」
明日葉は微かに震えながら、兄の腕にしがみつき爪を立てていた。
「うー…… キツい……」
壱弥が肉棒を抜くと、明日葉はぐったりと体の力を抜いた。
「てかさ、お前イキそうになったんじゃないの？」
霞が耳元で囁くと、明日葉の顔がみるみる紅潮していく。霞のことは確かに嫌いだったが、妹の明日葉に辛い思いをさせるつもりは壱弥には無かった。というより、もしカナリアと事に及んだ場合、同じような目に遭わせる羽目になれば、これ以上踏み込む勇気は自分には無いと思い知らされる。
「……辛いなら…… 無理するんじゃない」
壱弥が呟くと、明日葉は笑みを返した。小悪魔的な笑みではなく、自然な微笑み方に、思わず狼狽えてしまう。可愛い、と思ってしまった所為だ。
「女ってさ、痛いことばっかだから……そんな風にさ、気遣ってもらえると嬉しいの。カナちゃんも多分痛がると思うけど、そこは……何てーの？ 慣れるまで何回もするとか色々あるし……あたしは大丈夫、お兄ぃと散々してるから」
「……明日葉……俺無理矢理ヤッてごめんな……」
「最低だなお前！！」
やはりコイツだけは東京湾に沈めておかねばならないと、壱弥は心に誓った。
明日葉のアドバイスを踏まえ、壱弥はゆっくりと挿入をした。三歩進んでは二歩下がるように、じっくりと腰を進めて行けば、ゴムを隔てていても膣内の感触をじっくりと堪能することが出来た。明日葉のことを一瞬でも「可愛い」と思ってしまったことは、カナリアへの裏切りになるのではないかと罪悪感はあったが、律動を繰り返しているうちに、意識はただ快楽を貪るだけに集中していく。
霞と濃厚なキスを繰り返していた明日葉は、挿入が深くなるにつれじっとりと汗を滲ませ、荒い呼吸は艶めいた喘ぎへと変化した。
「明日葉めっちゃエロい顔してる…… いっちゃんのそんなに気持ちいぃの？」
「う……」
霞はひどく興奮した様子で、明日葉の子宮の辺りを片手で撫で摩った。
「はぁ…… お兄ぃ、ダメ……イキそうっ……」
「駄目まだ早いって」
呼吸する度に上下する白い腹部の動きが、びく、びくっと、時折痙攣する。
「無理ぃ……！ い、イッちゃうぅ……！」
「な、俺のとどっちがイィ？」
「やぁっ…… わかんない〜！」
壱弥にとっては「おそらく」という感覚しかなかったが、明日葉は感じているのだろう。先程から奥を突き上げる度に締め付けが強くなっていくのがわかる。
「明日葉、どっちがイィか教えて？」
ぽろぽろと涙をこぼし始めた明日葉を見て、壱弥は霞の異常性癖が不愉快極まりなかったが、「いい加減にしろ」と嗜める余裕は無かった。下腹に集中した熱は弾ける寸前で、
肉襞は射精を促すように蠢き、収縮を繰り返していた。
「あっ、あっ…… お、お兄ぃの、が、イィ……っ！」
霞は満足したように微笑うと、後ろ手に枕を取り、明日葉を仰向けに寝かせた。
「なにもたもたしてんの？ さっさと出して交代して」
見れば霞のそれも腹部に密着する勢いで勃起している。酔った勢いとはいえ悪戯にしてはタチが悪過ぎる。壱弥には「はいわかりました」と素直に交代する気など無かった。
「ふざけるな！ 貴様がやれと言ったんだろうが！」
「あーそー、そんじゃ明日葉、あーんして」
「うぁ……」
目の焦点が合っていない明日葉は、霞に促されるまま兄の肉棒を握ると、その先端を口に含み、ぺろりぺろりと舐め始める。そのあまりに卑猥な光景を目の当たりにし、壱弥は体の奥底から沸き上がる劣情に押され、射精した。
「あ！ あ〜っ！ んっく……」
明日葉はびくり、と大きく体を震わせ、上体は弓なりに反った。とろけた表情を確認すると、霞は茫然としている壱弥を強引に押し退け、明日葉に覆い被さった。
「ちょ…… や！ イ、イッたばっかだか、ら……」
「明日葉は良い子だからお仕置き」
「ひっ…… あ、ああぁ〜！！」
両膝の裏に腕を回して持ち上げ、霞は容赦の無い突き込みを始めた。もはや隣の部屋のことなど意識の範疇には皆無としか思えない、淫らな音と嬌声が鳴り響く。
「……ごめん、もう二度としない」
その小さな謝罪は壱弥にはかろうじて聴こえたが、達して間もなくまた激しく突き込まれ、ほとんど泣き声を上げて快楽の波に溺れていく妹に届いたのかは定かではない。
「……阿呆が」
何が厚意だ、ほざけカス。と背後から踵落としを食らわせてやりたかったが、壱弥は言いようも無い虚脱感に襲われていた。結局のところ自分は異常性癖者の姦智に騙され変態遊戯に付き合わされただけだった。
とは言え。
（まあ、愛が無きゃ出来ないのは確かだ……）
呆れながらも、いつかカナリアと愛を確かめ合ってみたいと考えている自分がいた。
「壱弥ー！ ティッシュ……じゃなくてタオル！ バスタオル取って下さいお願いします！！」
「いっぺん死んで来いこの変態兄妹！！」
結局部屋に備え付けのティッシュは空になり、トイレットペーパーとタオルを駆使して後始末を済ませたものの、大量のゴミの山を何とかして部屋の外で始末しない限りは、万が一にも誰かに踏み込まれた場合誤解六階では済まされないと、霞と壱弥は結託して証拠隠滅に奔走した。
情事が終わると同時に眠り姫となった明日葉の体を拭き、髪を整え、下着を穿かせて浴衣を着せ、無事に隣の部屋まで運んだ後には二人とも汗だくになっていた。疲労困憊で部屋に戻り、敷き離した布団の中央に出来た畳空間に、倒れ込むように寝そべる。
「……何コレ？ 俺ら犯罪者じゃないのに死体始末した気分……」
「死体言うな。お前の大事な妹だろう。それに犯罪者じゃなく『共犯者』だ」
「……今回だけは謝る。俺、酔った勢いでチョーシこき過ぎた」
「謝る相手が違うだろう。妹には明日、俺からも謝るつもりだ」
「明日……？ つーか、もう夜明けてるし……」
「おい、浴衣の替えは無いのか？」
「無かった。フロントに電話して持って来てもらうしかないっしょ……」
「ちょっと待て。明け方まで男二人で汗だくで何してた、って話になるぞ」
「え？ ……相撲？」
もはや霞のジョークにツッコミを入れる気力さえ残ってはいなかった。
しばしの沈黙の後、二人の結論は見事にシンクロした。
「……とりあえず、風呂行くか……」
END